インタビュー Vol.3

崔 多蔚

Choi Dawool
東北大学大学院文学研究科 日本思想史研究室 博士課程前期1年

[掲載日] 2021.4.21

未来における技術と社会の関係を考える人材の育成を目指す本プログラムでは、学生や若手研究者による議論を重視しています。2019年の試行ワークショップに引き続き、2020年9月にも東北大学の学生と東京エレクトロンの社員がグループディスカッションをするワークショップを行いました。2020年に参加した崔多蔚さんにお話を伺います。

崔さんは東北大学大学院文学研究科修士課程在籍とのこと、何を専門とされているのでしょうか? 学部生の時から東北大学ですか?

崔: 僕は静岡生まれで、9歳から高校卒業までは韓国で暮らしていました。もともと歴史に興味があったのと、日本と韓国で人々の考え方がこんなにも違うのはなぜなんだろうと思ったことから思想史研究の分野で有名な東北大学の文学部に入りました。

僕が研究しているのは、ごく一般の人々が無意識のうちに前提としているものや、考え方の枠組みの歴史です。思想家や哲学者による「論」ではなく、たとえば江戸時代の人の常識とか、朝鮮王朝時代の人々の世界観などですね。

この分野の面白いところは、現代とはまったく異なる考え方や価値観を知ることで、今の自分たちがもつ「現代の常識」という制約にとらわれず、より自由にものを考える手がかりを得られることだと思っています。

どうしてこの協働ワークショップに参加されたのですか?

崔: 文学部を卒業した後、半年間、韓国のシンクタンクである研究プログラムの事務方として働いたのですが、驚いたのは「未来社会」をテーマとしているそのプログラムに、歴史や古典の研究者が何人も参加していたことでした。

僕は未来学にも興味があったので、歴史や古典の研究者も未来を考える議論に必要とされ、貢献できるんだ、と視界が開けるような思いがしました。それで、僕も日本でこんな議論に加われたらと思って、東北大の大学院に戻ってきたんです。

だからこのワークショップの存在をシラバスで知ったときにはもう、「これだ!」と(笑)。

まだ僕は修士1年目で、歴史・古典研究の外の世界とのつながりはほとんどありませんし、このコロナ禍で、見知らぬ研究会や読書会に飛び入り参加させてもらうのもハードルが高い。授業として参加できるなんて渡りに船のような機会でした。

ワークショップではどのような議論になりましたか?

崔: ワークショップとしてのテーマは「人間中心の“New Normal”をデザインする」で、僕たちのグループではその中で、AI(人工知能)と共生する未来について考えてみました。

各グループは5~6人。1つのグループに文系の学生、理系の学生、東京エレクトロン社員がそれぞれ含まれるように振り分けられた。

AIはもはや特別なものではなく、僕たちの日常の世話をしてくれる存在になりつつありますよね。未来社会では、単に物理的なアシストをしてくれるだけでなく、時に叱ってくれたりする存在になるかもしれない。

それだけ近しい存在になるなら、自分の好みの見た目をしていてくれたほうがいいよね、というざっくばらんな話から広がって、そのAIに恋をしたり、結婚したいと思ったりすることもありえるんじゃないか、という話になりました。

SFのような未来予想ですね。

崔: 人間とほとんど同じように考え、振る舞い、個性をもつAIがあって、そのAIと結婚したいと思った人がいたとする。その人は当然、結婚相手であるそのAIに人間と同等の人権を認めるべきだと考えるでしょう。もしかしたら、AIの発達とともに「人間の定義」も変わりうるんじゃないか?という問いにたどり着きました。

一方で、AIとの恋愛や結婚を認めるなんて危うい考え方だと思う人も多いと思います。そういうAIを作るべきじゃない、という主張もありえるでしょう。

僕たちのグループは、「未来社会に向けて人間の定義を広げるべきだ」と主張したかったわけではありません。

「このワークショップで初めてmiroというオンラインホワイトボードを使ったのですが、議論や思考の整理にすごく役立つので感動しました。その後も他の議論で活用しています」(崔さん)

「なぜAIを人間として扱ってはいけないのか」「どこまではよくて、どこからはダメなのか」を話し合うことで、いまの自分たちが何を重要視しているのかを浮き彫りにしようとしました。

おそらく多くの人が、ここから先はAIと人間を同じとは見なせない、というラインをどこかに引いているはずです。

そこに、私たちがまだ言語化していない、意識していないけれども重視しているものがあるんじゃないか。この問いはそれを知るための手がかりになる。さらに多くの人と広く議論をしてみたいテーマにたどりつけたと思います。

このワークショップは企業と大学の協働で行われたことがひとつの特徴でもありました。企業の人が議論に加わったことで、何か影響がありましたか?

崔: 実は、企業の方はもっぱら事業化できるかできないかという観点で議論に参加されるかなと思っていたのですが、いい意味で、その先入観が壊される機会になりました。

このプログラム自体、未来の不確実性や予測不可能性が前提とされていましたし、グループディスカッション前の東京エレクトロンの森嶋さんのお話で、東京エレクトロンさんはかなり長期の視野で未来社会を考え、自分たちが率先して未来をデザインしていこうという姿勢でいらっしゃることがわかって、それは新鮮な驚きでした。

ワークショップ後には自分たちの議論を学会で発表したり、市民と議論するイベントを運営したりする「未来社会デザイン塾」に参加されたんですね。

崔: はい。せっかくいい問いが見つかったので、学内のワークショップの中だけで終わるのはもったいないと思って。12月の国際シンポジウムで発表し、その後、一般の方に参加していただくワークショップ「市民カフェ」で僕たちのグループの問いを導入として市民の皆さんと議論できました。

市民カフェは「外部の記録デバイスを人間の一部とみなすことができるかどうか」といった新たな問いも出てきて、非常に刺激的でした。もっともっと議論する機会を作りたいです。

今後はどのようにやっていきたいですか?

崔: 東北大学にはさまざまな専門分野の研究者や学生がいますが、未来の社会と技術の関係を考える研究プログラムがあることを知らない人や、自分には関係ないと思う人が多いと思うんです。

でも、このプログラムの議論に一度参加してみたら絶対面白いと思ってもらえるでしょうし、どんな分野の専門でも自分自身がこの議論に重要な役割を果たせることを知ってもらえると思います。だから、僕はいろんな分野の人がこのプログラムの議論に参加してくれたらなと思うんです。

一般社会と科学者のコミュニケーションを橋渡しするサイエンスコミュニケーターのように、僕も、「未来社会と技術」というテーマと、そのテーマとは縁遠かった人との橋渡しができたらと思っています。

[取材日] 2021.1.19

東北大学

崔 多蔚 (チェ ダウル)

東北大学大学院文学研究科 日本思想史研究室 博士課程前期1年(取材日時点)

日本人の父と韓国人の母の間に生まれ、8歳まで日本で過ごし、9歳の時に家族とともに韓国へ。韓国で高校を卒業した後、東北大学文学部に入学し、2020年4月に東北大学大学院へ進学。東北大学未来型医療創造卓越大学院プログラム2期生。未来社会デザイン塾にも参加。