インタビュー Vol.5

直江清隆

Kiyotaka Naoe
(東北大学大学院文学研究科 教授)

[掲載日] 2021.8.16

「人の幸せ(well-being)を実現するIoT」をテーマに掲げた本プログラムは、文系と理系の双方からオーガナイザーが集まって2019年に発足しました。以来2年間にわたり、多くのイベントが文理融合で企画・運営されています。文系オーガナイザーの直江清隆さんに、この2年を振り返りながら、成果と課題を語っていただきました。

哲学・倫理学分野の直江さんは、本プログラムのオーガナイザーで唯一の人文科学系研究者ですね。

直江:はい。実は大学に入学したときは自然科学系だったのですが、途中で、「科学哲学を少し勉強してから自然科学に戻ってくるのもいいかな」と軽い気持ちで足を踏み入れたのが運の尽きで(笑)。

とはいえ、私に限らず、「科学哲学」や「科学技術社会論」と呼ばれる分野には実にさまざまなバックグラウンドの研究者がいます。たとえば、昨年の国際学会で基調講演をお願いした佐倉統さんは霊長類学の出身ですし、エンジニア出身で技術者倫理を専門とする人もいます。近年では科学技術と「社会」の関係に着目する社会科学系の方も増えてきました。

このように広がりと重なりの大きい分野ですので、私自身の研究分野をわかりやすく示す必要があるときには、「技術(テクノロジー)の哲学」と表現することが最近は多いです。

本プログラムでは文理融合を標榜していますが、数ある文理融合プロジェクトの中には、文系グループと理系グループが個別に動いていてキーワードを共有しているだけ、というものも多い印象です。

直江:たしかに私自身も多くの文理融合研究に携わってきましたが、文系と理系の研究者では考え方の違いが大きく、外枠だけ整えてもうまくいかないことがしばしばあります。

たとえば業績評価ひとつとっても、理系では論文数やどれだけ影響力にある学術誌に掲載されたかで測られる一方、文系では論文の数より、単著の書籍として発表することが重視されます。たとえば歴史学の研究なら数多くの史料を挙げたうえで議論を展開しなくては、オリジナルの研究発表になりませんよね。

このように、異なる評価軸をもった文系と理系の人間が協働で研究するとなったときに、どのようなアウトプットを目指して研究を計画するのか、進めるのか。その時点ですでに目指すものが食い違ってしまうことも多いのです。

(最近では少し空気が変わってきていますが)以前は、文系の研究者による科学批判に理系の研究者が反発するなど、両者が反目するような雰囲気もありました。

しかしこのプログラムにおいてはメインオーガナイザーである理系の堀尾喜彦先生が社会や歴史の視点をお持ちであったこと、そして文系の私もエンジニアやサイエンティストとのつきあいが多かったことから、それぞれが互いのカルチャーに違いがあることを認識していた。それが、うまく滑り出した要因ではないかと思います。

2019年のスタート以来、月に一度はオーガナイザーが集まり、運営に関する打ち合わせや全体の方向性に関する議論を行っています。また、誰かひとりにマネジメントや事務の負担が集中してしまってうまく回らなくなるというのもよくある話ですが、このプログラムでは陳怡靜さんというプログラム・コーディネーターがついてくださっていることも大きな助けです。

このプログラムでは、文系と理系の学生が混じったワークショップが特徴的ですね。

直江:文・理のギャップが生まれるのはたいてい、高校2年生です。東北大学で学生に聞くと、「理系の人と会話したことがない」という文系学生は多い。理系学生も、文系学生との接点は多くないようです。

となれば、文系にも理系にも共通する課題である「人の幸せ(well-being)」を研究テーマに掲げたとしても、文系と理系では使う言葉も見ているものも全然違うことに気づくことすら難しい。

そこでこのプログラムのワークショップでは、「well-beingと技術(IoT)の関係」を文系・理系の学生が混ざって議論する機会を提供しています。

自分では思ってもみなかったところに目をつける異分野の人と議論する経験をしてみると、「社会に密接にかかわる分野では文・理が手を組んだほうが、いい解決策が見出せそうだ」と思える瞬間があると思います。その実感を得てもらうことがこのワークショップの目的の一つです。

異分野の人の着眼点や考え方を自分が議論に参加して当事者として知るのと、本などで間接的に知るのとは大違いですから。

もちろん、カルチャーギャップにイライラしたり、うまく議論がかみあわずに失敗することもあるでしょう。それも非常に貴重な経験であり、むしろ、大学は「失敗してみる場所」だと私は思っています。

さらにこのワークショップでは毎年、東京エレクトロンから有志の方々が、各グループの議論にみっちり参加されています。

直江:IoTについて、社会と技術の関係について、具体的な現場経験や実感をもとに語れる方々が議論に参加してくださることのメリットは計り知れません。

いま当たり前になっている技術にどんな発想が込められているかとか、いかに画期的な製品でも社会に受け入れられるものでなければ普及しないことなど、さまざまなことを学生たちは学ぶでしょう。願わくば、学生たちの抱く疑問や問題意識が、東京エレクトロンの皆さんにとっても刺激になっていればと思います。

これまでの成果と、これからの課題を教えてください。

直江:文・理を超えて人の幸せと技術について議論する機会を学生に提供できたのはこのプログラムの大きな成果ですが、3年で終わるプログラムですので、せっかく始まった機会提供も、5年、10年と長期で継続することができないのが課題の一つでした。

しかし、単発で終わってはあまりにももったいない。そうした思いから、ワークショップに参加した学生がその後も継続的に活動できる場として「未来社会デザイン塾」が立ち上がりました。

塾生の皆さんはワークショップの議論をふまえて国際シンポジウムでポスター発表をしたり、一般社会に開かれた対話イベント「市民カフェ」の企画・運営にも関わり、対話の口火を切るための話題提供もしてくれました。

今年はワークショップの企画設計を担当するオーガナイザーのもとで、未来社会デザイン塾の学生が準備にも深く関わっていて、ますます楽しみな展開となってきています。

今年は本プログラムの総まとめの一年ではありますが、「締めくくる一年」ではなく、「次へ展開するための地盤を作る一年」にしたいと思っています。

[取材日] 2021.7.7

東北大学

直江 清隆(なおえ・きよたか)

東北大学大学院文学研究科・文学部 総合人間学専攻 哲学倫理学講座 哲学専攻分野 教授

1991年東京大学大学院理学系研究科科学史・科学基礎論専門課程博士課程単位取得退学。 博士(文学)。九州看護福祉大学助教授、山形大学教育学部助教授などを経て現職。専攻は、現象学を中心とする現代哲学、および技術哲学、科学技術倫理学。本プログラムではオーガナイザーとして、人文、社会サイドからプログラムを構想し、科学技術とwell-beingの結びつきを具体的で目に見える形にすることに貢献。最近の訳書に『AIの倫理学』(M・クーケルバーク著)など。
https://www2.sal.tohoku.ac.jp/philosophy/naoe.html