2020年度知のフォーラムテーマプログラム
「人の幸せを大切にするIoT社会のデザイン」

第2回 市民カフェ

2021年2月23日
N-oval音楽サロン及びオンライン(Zoom)

市民参加型ディスカッション

“オンライン会議、テレワーク、リモート授業。コロナ禍を機に、私たちはIoTを用いた「新しい日常」を余儀なくされています。私たちが日ごろ感じている期待や不安、違和感などを手がかりに、IoT社会と人間のwell-being(幸福、よい状態)との関係について話し合っていきたいと思います。”

このような告知を事前に行って一般参加者を募集し、アカデミアと市民の対話イベント「市民カフェ」を開催しました。2020年12月20日に行った市民カフェに続いて2回目の開催です。

新型コロナ感染拡大のため、会場に集合するオンサイト参加とZoomを用いたオンライン参加のハイブリッド開催となり、東北大学関係者が21人、一般から14人が参加しました。

ファシリテーターは、このような市民との対話をこれまでにも数多く行なってきた「てつがくカフェ@せんだいfacebookはこちら)」のメンバーで、東北大学文学研究科博士課程の綿引周(わたひき・あまね)さん。

本プログラムから発足した「未来社会デザイン塾」塾生からの話題提供をもとに、オンライン・ツールを使う日常で生じた違和感や感情について、学生と市民が議論を深めました。

 

イントロダクション

ディスカッションの方法—— 哲学対話とは

ファシリテーターの綿引さん

本イベントは「哲学対話」のスタイルで行われました。哲学対話とは、文字通り「哲学」+「対話」の営みです。議論の勝ち負けを競うディベートではありません。概念の洗練化(そもそもそれが何であるかを問う)、素朴な考えの根拠を問う(理由を問う)といった哲学的な思考方法にのっとった言葉のキャッチボールで、参加者同士の考え方の相互理解を目指すものです。

「どんなことでも自由に話して構わない」、「話している途中にわからなくなっても構わない」、「沈黙は気にしない」、「人の話をさえぎらない」という心得を参加者全員で共有した上で議論に入りました。


未来社会デザイン塾からの話題提供

「変化するコミュニケーション――言語以外の要素を通して」(発表:東北大学大学院文学研究科 博士課程前期 高見豪)
ニューノーマルへの対応として普及したオンラインのコミュニケーションツールでは、接触・視線などコミュニケーションの身体的距離感が制限を受けているのではないか、と指摘があり、非言語的コミュニケーションの役割を考えることの重要性が問題提起されました。

ディスカッション

3つのグループに分かれて討論

対面会場では、目の前で画面を見ても臨場感がなく、感情の共有がしづらい、という意見が出ました。一方で、人によっては臨場感のないオンラインでは、対面による圧力がなくなるので良いという意見や、顔の表情を作るのが不得意な人にとっては、オンライン上でのアバター活用が大きな助けになるかもしれない、という意見もありました。

つまり、オンラインのツールが、コミュニケーションに不自由を抱える人たちにとっていわば義足のような役割を果たすかもしれない、という可能性の指摘です。

オンライン会場の「松」ルームでは、オンラインコミュニケーションの可能性として、雑音の減少と会話への集中、新しい「個」の意識や場の作り方について意見が交わされたようです。

オンライン会場の「梅」ルームでは、バーチャルの体験では原物が必要な体験はできない(オンライン同窓会では地元のお酒をみんなで飲む、といった体験はできない)ように、対面のコミュニケーションのすべてを補うことはできないが、新しいコミュニケーションのあり方の可能性を開いたり、距離による制約を取り払ったり、過剰な配慮を軽減したりと、総じて利点が大きい、という意見となったようです。

全体議論

3つのグループの代表者がそれぞれ、どのような議論があったかを発表した後、全体での対話に移りました。(ファシリテーション:綿引周)

ここでは、グループごとの対話で出た「臨場感」という概念が、「なぜ同じ場所で対話をすることが大切なのか」「なぜオンライン会議は疲れるのか」という問いを考えるヒントになるのではないか、という意見があり、臨場感をキーワードに多角的に対話が交わされました。

議論を重ねるうちに、技術的な解決ができる部分と、原理的に異質な部分を分けて考えるべきだという指摘がなされ、次のような問いへと収束していきました。

今の状況は「ニューノーマル」か、それとも「長い非日常」なのか。

オンラインのツールでは「臨場感」が取りこぼされ、そのために疲れを覚える人が多いと言われています。であるならば、今はコロナ禍によって仕方なくオンライン化しているだけで、収束した後には元の生活形態に戻る可能性が高いことが考えられます。

つまり、現在「ニューノーマル」と呼ばれている状況はちょっと長い非日常に過ぎないという見方です。

しかし、さらなる技術発展によって人のコミュニケーションを根本から変える本当のニューノーマルが生み出されることを期待する人もいます。結局、人々が何を望み、技術を開発してゆくか次第、というところなのかもしれません。

今回はIoTとwell-beingというテーマのとば口に接近するまでの対話でしたが、たとえばコミュニケーションの「義足」としてどのようなIoT技術の開発ができるかなど、さらに踏み込んで考えていくこともできるでしょう。この先の議論はそれぞれが持ち帰り、さらに考えていくべき宿題として閉会となりました。

(本文執筆:未来社会デザイン塾 / 東北大学大学院文学研究科 博士課程後期 浅川芳直)

第2回市民カフェを振り返って

参加者から

・日常に即したカジュアルな哲学の実践の場として、非常に有意義なものであったと認識している。今後とも同様の機会があれば、参加したいと思う。

・アフターコロナ下のIoTは、今後の社会におけるDX推進に大きく寄与すると思います。IoT社会と東北大学の連動。関心あります。

・ブレイクアウトルームでお話しできて楽しかったです。ただ、全体討論では布ずれのような音がずっと入り込んでいて、聞き取りづらかったです。

ファシリテーターから

2020年12月に開催された第1回市民カフェは、主に「技術の発展と人間の幸福の関係を考える」というやや抽象的なテーマに沿って対話が展開されましたが、2回目となる今回は、オンライン・コミュニケーション・ツールという、コロナ禍で日常的に使用されているものに即して、普段の具体的な経験を頼りにIoT社会とwell-being(幸福。よい状態)との関係について対話を進めていけたらと考えました。

今回はまさに、主にオンライン会議ツールを思考のための共通の土台として利用しつつ対話をすることができました。前回と同様に技術の本質を問う意見もありましたし、さらにその副産物として、今後の技術発展の方向を見定めるための具体的なヒントも得られたように思います。

例えば臨場感に関する議論を通じて、映像に嗅覚や味覚などの情報を付け加えるよりもむしろ、音声のみのやりとりに限定した方がオンライン・コミュニケーションの臨場感は増すのではないかという意見が出てきました。

この指摘はclubhouseやポッドキャストなどの、音声中心のメディアやSNSの流行を説明するものかもしれません。また、今後のオンライン・コミュニケーション・ツールの臨場感を考える上でも新たな視点となりそうです。

また、自分の感情を顔に出すのが苦手だったりとコミュニケーションに不自由さを抱える人たちにとって、オンライン・コミュニケーション・ツールは義足のような役割を果たすかもしれないという意見がありました。

この場合、「義足のような役割」は必ずしも、単に欠陥を補うだけのものと捉える必要はありません。義足の陸上選手が「健常な」陸上選手よりもよい記録を残すことで新しいスポーツの可能性が生まれたように、オンライン・ツールによって、新しいコミュニケーションの文化が生まれることもあるのではないかという意見が提示されました。

この発想は、コロナ禍の現在、否応なく置かれた状況を、むしろ「新常態(New Normal)」として捉えようとする考え方に通じるところがあります。

「オンライン・コミュニケーションをいかに『普通の』コミュニケーションに近づけるか」ではなく、「オンライン・コミュニケーションを通じて、いかに新しいコミュニケーションの形を創造するか」という軸で考えることは、今後の技術発展のあり方を考える上で重要な視点でしょう。この視点にたどり着いたことは、今回の収穫のひとつと言っていいと思います。

反省点を挙げるなら、今回も第1回市民カフェと同様、もっと一つひとつの問いを深めることはできたかもしれません。それができなかったのは、前回と同じく参加者側の慣れの問題もある一方で、主催者側が、会場を3つのグループに分けて議論し、その後に全グループが合流して議論をするという運営の仕方に不慣れであったせいもあろうかと思います。オフライン会場の音声の質も含めて、今後、改善していきたいと思っています。

綿引周(東北大学文学研究科博士課程後期)


主催者から

第2回市民カフェでは、オンライン上のグループ分けやホワイトボードツールを併用しながら議論を行いました。

オンライン授業の多い大学生や大学教員などはこうした形式のイベントに慣れつつありますが、一般の参加者の中にはまだ馴染みのない方も多く、当日はやや戸惑われる場面も見られました。開催する側として、一般の方がよりスムーズに参加できるような工夫が必要だと感じました。

また、今回のオンサイト会場が反響しやすい会場だったことから、現場の環境音が全て集音されてしまい、オンライン参加者の方から「会場の声が聞き取りにくい」というご意見をいただきました。今後、事前案内と会場環境の選択を含めて改善していきたいと思います。

オンサイトでもオンラインでも違和感なく議論ができるような場を提供するために、運営側として工夫と改善を続けます。来年度も、広く一般の皆様にご参加いただければ幸いです。

陳怡靜・前田吉昭(東北大学研究推進・支援機構 知の創出センター)