インタビュー Vol.1

堀尾喜彦

Yoshihiko Horio
(東北大学電気通信研究所 教授)

[掲載日] 2020.12.4

IoTや5G、AIなどの新たなテクノロジーによって、社会はどんどん便利になりつつある。しかしこのまま技術が進んでいった先に、果たして人間の幸せはあるだろうか?
本プログラムは、社会と人間の関係を考え、未来の社会をデザインしよう、という思いから立ち上げられました。メインオーガナイザーの堀尾喜彦さんに、このプログラムを企画した背景や目指すところを伺います。

堀尾:私は技術系の研究者としてずっと歩んできたのですが、実は、社会から人間性が失われていっていることにずっと危機感を抱いてきたんです。

たとえば、この草は薬になる、この葉は食べられない、といった自然に関する生きる知恵や、津波が来るからここには家を建ててはいけない、といった古い言い伝え。その地域、その季節しか手に入らない旬の食べ物。職人と買い手がやりとりしながらその人に合ったものを作り上げていく一品もの。こうした「人間的なもの」の価値はいま、技術や効率の前にどんどん失われていっています。それは非常に危ういことだと思うのです。

人間性は技術の進歩によって失われたと?

堀尾:産業革命以来、技術は、より便利に、より早く、より効率的に、誰もが、安く、いつでも、均質なものを手に入れられる方向へと進化してきました。この30年ほどのグローバリズムの動きもこの進化に拍車をかけ、さらに近年の半導体の技術革新やネットワーク社会の進展によって急激に加速しています。「便利」や「効率」や「利益」が、ほかの多くのものをしのぐ大きな価値をもつようになってしまったのが現代社会だと思います。

このような問題意識がずっと自分の中でくすぶっていたものの、私はこれまで仕事として真正面からこの問題に取り組むチャンスがありませんでした。そんなところに「東北大学 知のフォーラム」から技術と人間の関係を考えるプログラムを立ち上げないかと相談を受け、ぜひやりたいと思ったのです。すぐに、創設メンバーに入ることを決めました。

技術の進歩と人間の社会の関係を考える学問には「科学技術社会論」や「テクノロジー・アセスメント」などがありますが、その枠組みで研究するということでしょうか?

堀尾:実はこのプログラムを立ち上げる前、私は、テクノロジー・アセスメントとは現在や近未来の技術の危険性を評価する学問だと思っていたんです。

しかし、この分野の専門家である東北大学文学部の直江清隆先生や科学技術社会論を専門とされる山内保典先生にお話を聞きにいってみると、それだけではなく、今の社会や技術をベースとして未来の社会のあり方を探っていく営みでもあるとわかりました。それならやってみたい、と思いました。評価や批判より、ずっと難しいことだと思いますが。

未来の社会を「人間性が豊かに保たれていた時代の社会」に戻すべきだとお考えなのですか?

堀尾:いや、戻してはいけないし、できないと思います。しかし、このままでは、「早く」「均質な」「効率重視」の価値観に基づく技術が、ほかの価値観で作るもの、たとえばカスタムメイドの一品ものをもつ喜びや、暑い夏の日に旬のスイカをほおばる気持ちよさといった「幸せ」を浸食し、そうしたものを作る技術や社会の仕組みを絶滅させてしまう可能性もある。

50年後、100年後に2020年を振り返って、「あのころにもっていた幸せをいまはみんな失ってしまったね」となってもいいのか。そう問われたらNoと答える人は多いと思います。ならば、私たちが幸せを感じられる未来の社会とはどういう社会なのか、いま考えておかないといけない。

技術はどうしても、より早く、より効率的にという方向に進んでしまうものです。産業革命以降、技術はその方向を目指して進化してきましたから。そして人間の脳もそれを求めています。しかしいま、目指す方向を意識的に変える時期に来ているのではないか。「できるのだからやろう」ではなく、「したいこと」に向かって進む時期が来ていると思います。

そのためには、ほかの多くの価値観、人間としての幸せの多様性を担保することが必要だと私は思っています。個性の振れ幅が少ない均質なカルチャーのもとでは人間という種は生物としても長く存続することができないし、技術主導の単一の価値観では人間の多様な幸せの多くは振り落とされてしまうでしょう。

ですからこのテーマプログラムでは、できるだけ多様なバックグラウンドの人同士が議論できる場を作りたいと考えています。理系と文系、アカデミアと企業、シニアと若者。とくに若者世代にとって、50年後や100年後は自分たち自身が生きる未来ですから。若者が自分たちにとっての幸せとはなにかを考え、提示していってほしいですね。

何をもってこのプログラムの成果と考えるのでしょうか?

堀尾:当然ながら、ひとつの回答が出せるものではありません。この研究プログラムは準備段階の一年、フォローアップの一年をあわせても3年間のプログラムですし、そんなわずかな期間の議論で「これこそが人間の幸せに過ごせる未来の社会だ」なんて言えるわけがないですから。このテーマプログラムで目指すのは「そのようなことを考える意識の醸成」です。

私のような技術系の研究者ができることの一つは、いまはさほど高い価値が認められていなくても、将来、重要とされるかもしれない技術の可能性を提示すること。

いまは誰でも簡単に扱える機械が目指されています。たとえば自動運転。たしかに、高齢者でも目の不自由な人でも運転できるというのはすばらしいことです。

しかし、本当は「誰でも同じように」が大切なのではなく、「個々人が求めるものに機械の側が合わせてくれる」ことが大事なのかもしれませんよね。自分の運転の癖をわかってくれる自動車や、「運転している!」という実感が味わえる自動車など……。

そんな「使う人間の個性」を重視し、その人とその機械との関係でしかありえないもの、価値が出ないものを提供する技術はこうやったら作れるんじゃないか、いまもてはやされる技術に投資するだけでなく将来のためにこんな方向性の技術にも目を向けていくといいのではないか、と世の中に見せることができると思います。

2019年、脳科学・工学系の国際シンポジウムで、人間の幸せを中心にすえた技術と未来の社会についてのセッションを開催しました。すると、こうしたことに関心のある技術系の研究者は世界中にいることがわかりました。とくに北欧や台湾などに多い。技術とwell-beingに関する意識が高い地域ですよね。

ただ、これまでは技術系の研究者が未来社会を議論する場も方法論もほとんどありませんでした。このプログラムでそういう人たちをつなげ、文系理系、産学の人たちがごちゃまぜになって議論できる場をつくっていきたいと思っています。少なくともその足場を築くことがこのプログラムで目指すことの一つです。ほかにもたくさんやりたいことがあるのですが、それはまた、別の機会にお話ししましょう。

[取材日] 2020.7.22

東北大学

堀尾 喜彦(ほりお・よしひこ)

東北大学電気通信研究所 教授

1987年慶應義塾大学大学院工学研究科電気工学専攻博士課程修了。工学博士。米国コロンビア大客員教授、東京電機大学工学部教授を経て2016年より東北大学電気通信研究所教授。ブレインモルフィックコンピューティング(脳型LSIシステム、カオス集積回路、非線形集積回路、ニューラルネットワーク集積回路など)の研究に従事。本プログラムではオーガナイザーとしてプログラム全体を統括する。主に技術サイド、特に脳型コンピュータ分野から意見を述べ、討論に参加する。