協働ワークショップ

「私らしく生きる」を実現するIoT技術と社会のデザイン

2021年9月6日~8日・10日
オンライン

ワークショップ

2021年9月6日~8日および10日の4日間にかけて、東北大学の若手研究者・学生と東京エレクトロンの社員を対象とするワークショップを開催しました。2019年9月と2020年9月のワークショップに続く、本テーマプログラム3度目のワークショップです。

東北大学の文系・理系の学生と若手研究者が全日程に、半導体製造装置のメーカーである東京エレクトロンの社員が一部の日程に参加。計26人が4つのグループに分かれ、3日間にわたって朝から夕方までグループワークや全体議論を行い、2日後にあらためて振り返りのディスカッションの機会を設けました。

Covid-19の感染拡大状況を受け、2020年度に引き続き今年度もZoomやオンラインホワイトボードmiroを活用してオンラインで行いました。

 

イントロダクション

「悩める主人公を幸せにする技術を考案せよ」

グループワークの前に、未来社会デザイン塾の塾生4人がオリジナル短編小説を提示しました。小説には就職活動やSNS、日常の雑談など、さまざまな場面で「私らしさ」に悩む主人公が登場します。

ワークショップ参加者はそれぞれ、興味をもった小説の著者がファシリテーターを務めるグループに参加の希望を表明します。その希望をふまえ、文系の学生、理系の学生、東京エレクトロン社員が混ざるように組み分けがされました。

グループワークの課題は以下の3つでした。

(1)小説の主人公の悩みを解消する/幸せにするIoT技術や社会を考える
(2)それを練り上げ、第三者の意見や批判を反映させて技術提案書をつくる
(3)その技術が実現された近未来のストーリーを、イラスト入りの小説(ないしは紙芝居形式)に仕上げ、発表する

授業スライドより(総合進行:山内保典)

グループワークの狙いもあらかじめ共有されました。
・自分と異なる背景の人と対話し、一緒にひとつの物(小説)を作りあげる
・ひとまず実現可能性は考慮せず、「欲しい技術」を考えてよい
・その技術をELSI(倫理的・法的・社会的課題)の観点からも検討する
・絵にすることによって「バランスよく」などの曖昧で便利な言葉に頼らず、具体的にイメージを描写する

グループワーク

どんなIoT技術なら「私らしさ」が実現されるか

グループC
小説著者&ファシリテーター:崔多蔚(チェ・ダウル)
議論の起点とした小説:『パーソナルAIによる時間の管理と調整』

グループK
小説著者&ファシリテーター:菊地優志
議論の起点とした小説:『189.5センチ』(自身に関する話題の候補を掲出しておく技術)

グループN
小説著者&ファシリテーター:奈良拓也
議論の起点とした小説:『ログボ』(オンラインゲームに侵食される日常)

グループT
小説著者&ファシリテーター:高見豪
議論の起点とした小説:『電車の中で』(職業選択がAIに委ねられた世界)



1 主人公の「悩み」と「理想」を定義

提示された短編小説を読み、主人公の悩みの源となる問題を文章化した後、悩みが解消された「理想の状態」を各グループで考える。

グループCでは「私らしさの実現」というキーワードを起点に、自身のアバターにまつわる話題も

2 技術のアイデア出しから具体化へ

理想状態の実現を支援するIoT技術を考え、そのIoT技術に名前とキャッチコピーを付けて技術を紹介する資料(技術提案書)をグループごとにつくる。

グループNの技術提案書

3 技術が実現した世界をストーリーで描写

技術提案書を基に、そのIoT技術が実現した近未来の小説を書く。紙芝居や絵本、CMの絵コンテでもよい。

親切のマッチングをするAIのアイデアスケッチを描くグループK

4 プレゼンテーションと全体討論

グループごとに、イラストを提示しながら小説や脚本を朗読する。その後、質疑応答と討論を行う。

グループTは「対話しながら日々の選択肢を一緒に検討してくれるAI」がある未来を描いたストーリーを、配役を決めて朗読

各グループの作品

グループC:『未来予測機』(現在の自分には見えない未来の選択肢を可視化してくれるAI)
グループK:『やさしさリレー』(助けを欲している人と親切をしたい人のマッチングをしてくれるAI)
グループT:『Uni-horn / Unique-horn』(対話を通じて本人の意思決定をサポートするAI)
グループN:『ホロライフ」(ホログラムなどによって仮想空間と現実とのギャップを埋める技術)

振り返りの全体討論

未来を予測できる技術は人を幸せにするか?

学生の発表を受けて、東京エレクトロン参加者から制作物に対するコメントが寄せられました。

(グループTに対して)「あくまで人間に主体性を持たせ、AIは人間の補助役にとどまるという点を明示しているのがよかったと思います。AIが将来、人間にとってどのような存在であるべきかが議論された結果だろうと想像します。パーソナルライフに入り込むAIには積極的でない私でも、これならば共感できます」

(グループKに対して)「『親切をマッチング』し、『親切の履歴を可視化』する、というアイデアはこれまで誰も思付いたことのないような、研究テーマにもなりえるような発見だと思います。技術の社会適用における難しさも同時に認識しましたが、今後も多角的な視点をもち続けていただけたらと思います」

学生参加者もそれぞれ自分たちの議論や他のグループの発表に対してコメントを寄せ、オーガナイザーや各グループのファシリテーターも含めた参加者全員で、未来のIoT技術と個人の幸せだけでなく、社会との関係を議論しました。

学生参加者の振り返りコメントをまとめたホワイトボード(クリックで拡大)
全体討論では「未来予測技術によって偶発的な出会いや出来事をなくすことが、人の幸せになるのだろうか?」などの議論が交わされ、「いまの社会はどんなAIを開発するか技術者に委ねすぎているのではないか」という意見もあった(クリックで拡大)

オーガナイザーからは「今回は技術的な実現可能性については考慮しないという前提だったとはいえ、どんなに技術が進展しようと、全知全能の神様のようなAIは理論的にありえない。自分の生活や人生の選択肢を計算機に示してもらうという発想は、あまりにもAI技術そのものを信用しすぎているようで危うく感じる」(堀尾喜彦)といったコメントなども寄せられました。

優秀賞(東京エレクトロン賞)発表

昨年度に引き続き、最も優れた発表をしたグループが「東京エレクトロン賞」に選ばれました。

「昨年度は技術の着想のユニークさに優れたグループ発表を優秀賞に選びましたが、本年度は課題の性質もあって着想は比較的似たところから始まっていたように思います。どれも、非常によく議論して仕上げまでもっていったことが伺え、興味深く拝見しました。今年は、考えるべき問題点をたくさん提示したという点を評価し、グループCの『未来予測機』に優秀賞を送ります」(選考・選評:山口光行)

後日、授賞式が行われた。グループCには東京エレクトロンから優秀賞の景品が贈られ、ほかのグループには参加賞が贈られた。

ワークショップを振り返って

学生参加者から

「近未来を想定するにあたり、私たちのグループでは、いまの私たちの価値観とIoT技術やAIが普及している未来の世界の人々の価値観はきっと違っているだろうから、それを考慮に入れる必要があるという議論があった。また、最後の講評では、先生がたと私たちの価値観に大きな差があるという指摘もあった。それらを受けて、世代や生まれ育った環境によって価値観は違って当たり前であって、自分と違う価値観を否定したり拒絶するのではなく、理解し寄り添って、違う考え方もとり入れていくことが大事だと感じた。」(グループCメンバー)

「生きることは選択の連続であり、自らが考えて決定することが『私らしさ』には欠かせないのではないだろうか。しかし、『考える』ことはスキルと労力を必要とする行為であり、人間はどうしても楽をしたがる生物である。AIが今よりはるかに多くの選択肢を我々に提供する社会になったとき、AIはあくまでツールであり、そこからどのように考えるかを学ぶ機会がなければ、自身の決定に責任を負うことができない人間が増えてしまうかもしれない。今後、AIがより発展していくに伴い、それを用いる人間への教育の重要性がより高まっていくだろうと思った。」(グループTメンバー)

オーガナイザーから

今年の山場は、実は、準備段階のテーマ設定でした。「自分らしく生きる」というテーマは、未来社会デザイン塾の塾生が望むチートスキルを抽象化して設定したものです。学生の持つ等身大の問題意識を、テーマに反映することが狙いでした。

また課題提示と成果物の形式として、物語を採用しました。作中人物が直面する課題について共感的理解を引き出し、その解決を具体的にイメージするためです。「ここで人工知能はどう話すのかな」など、細部描写の議論は物語形式の賜物だと感じました。

山内 保典(東北大学高度教養教育・学生支援機構 准教授)

これまでに行ってきたワークショップでは、一貫して「人間中心の技術とは何か?」を考えてきました。その中から得られた一つの答えは、社会には様々は格差が存在しており、それを解決できるものこそが人間中心の技術である、といったものでした。

格差のない社会とは、すべての人が各々のやりたいこと、学びたいことに自由にアクセスすることが可能な社会だと捉えることができます。

そこで今回は未来社会デザイン塾に参加した学生たちと一緒に「自分たちがやりたいけど何かに邪魔されてできないこと」を短編小説として表現したところから出発しました。ワークショップの中で多くの背景の異なる参加者と議論を繰り返すことで、より身近で、かつ普遍的な提案を導くことができたのではないでしょうか。

森嶋 雅人(東京エレクトロン株式会社)

今回は身近なところから出発して、IoTが私たちにどのように気づきを与え、また誘導するかを考えて、人間に豊かな意思決定をもたらすIoTはどのようなものかについて様々な議論が交わされました。未来を物語で表現するという作業を通じて、IoTのプラス面、マイナス面がよりはっきりと捉えられたようです。

参加者からは、異なる立場の人と話し合うことや、未来のあり方について多様な人々と議論することの意義が感想として寄せられました。どのようにすればこうしたワークショップを自分の研究や仕事に生かせるものにできるかは、今後に残された課題です。

直江 清隆(東北大学大学院文学研究科 教授)

企画・運営

堀尾喜彦(東北大学電気通信研究所)
直江清隆(東北大学大学院文学研究科)
佐藤茂雄(東北大学電気通信研究所)
高浦康有(東北大学大学院経済学研究科)
山内保典(東北大学高度教養教育・学生支援機構)
森嶋雅人(東京エレクトロン)
山口光行(東京エレクトロン)
未来社会デザイン塾