2020年度知のフォーラムテーマプログラム
「人の幸せを大切にするIoT社会のデザイン」

市民フォーラム

2022年6月4日
東北大学百周年記念会館 川内萩ホール 及び オンライン(Zoom)

市民参加型ディスカッション

3年間にわたった本テーマプログラムを締めくくる最終シンポジウムとして、「市民フォーラム」を開催しました。会場に集合するオンサイト参加とZoomを用いたオンライン参加のハイブリッド開催で、あわせて45人が参加されました。

冒頭で本テーマプログラムオーガナイザーである堀尾喜彦(東北大学電気通信研究所 教授)が、本プログラムの狙いと3年間にわたって行ってきた活動を紹介し、議論の導入として、哲学と工学を専門とするお二人から講演をしていただきました。それを受けて、研究者や市民、社会人や学生など多様な立場からの活発な議論が交わされました。

 

招待講演

1 「人間にとってコミュニケーションとは何か—— 情報技術で変わることと変わらないこと

久木田 水生 (名古屋大学情報学研究科)

哲学を専門とし、情報技術が人間をどのように変えるかに関心をもって研究を行っている久木田氏は、情報技術の発達により生身の人間が対面で行うコミュニケーションが失われ、孤独な人間が増えるのではないか、という懸念に対し、表情など非言語によるメッセージを豊かに、かつ制御された形で伝えることができるアバターやメタバースの技術によってむしろコミュニケーションがより円滑になる可能性を提示。

AIによるユーザーのデータ収集に伴うプライバシーの問題なども指摘しつつ、「濃い」コミュニケーションがなくても生きていける現代において、情報技術はコミュニケーションの「しんどさ」を軽減し、孤独から脱する助けにもなり得ることを示唆しました。

2「活力ある社会を創る適応自在AIロボット群—— ムーンショットプロジェクトの目指す2050年の社会とは

平田 泰久 (東北大学大学院工学研究科)

歩行に困難を抱える人がAIロボットのアシストで歩き、「自分は歩けるのだ」と感じられれば、外に出かけようという意欲につながる。「自分はできる」という”自己効力感”を高めるロボットをつくることで、誰もが積極的に社会参加できる活力ある社会をつくりたい、という思いから平田氏が進めているプロジェクトの内容を紹介。

2050年の姿として、誰もがいつでもどこでもロボットを使い、その人に合った支援を受けられるという社会像を提示し、その実現のカギとなる複数の介護ロボットの協調運用が、IoTの活用などにより現時点である程度可能になっていることを動画で紹介するとともに、人とロボットが共進化する開発の方向性を示しました。

ディスカッション

テーマプログラムの総括

初めにオーガナイザーの堀尾喜彦より、3年間のテーマプログラムを通じて得られたものとして、本プログラムで目指していた「人を幸せにするIoT社会のデザイン」を行うために必要なのは議論の”場”であるが、”どのように多様な”場が必要かということについて多くのヒントが得られたという報告がなされました。

4グループに分かれて1時間の対話

上記の報告を受けて、さまざまなシチュエーションにおける、対面のコミュニケーションとオンラインのコミュニケーションの良い点と悪い点について、一般参加者に議論をしていただきました。会場参加者は5~6人ごとに3つのグループに分かれ、オンライン参加者は1グループで、1時間のディスカッションを行いました。

議論のファシリテーションは、未来社会デザイン塾の塾生4人が務めました(小野雅也、奈良拓也、浅川芳直、菊地優志)。

対面でもオンラインでも、シチュエーションによって様々なメリットやデメリットが出現することをそれぞれの実体験や実感を共有しながら確認し、どうすれば良い面を十分に享受し、どうすれば悪い面を克服しうるかという議論へと発展していきました。

「アバター」や「リアリティ」など多くのキーワードが挙げられましたが、偶然、2つのグループで話題になったのが「オーラ」という単語でした。オーラは「圧」にもなりうるが、オンラインでは見えなくなるからフラットに話せてよい、という意見と、オンラインでもオーラが表現できたら対面のような臨場感が生まれてよいのでは、という正反対の意見が交わされました。

議論の共有とコメント

各グループの議論をファシリテーターが全員に紹介したのち、招待講演で登壇いただいた久木田氏から、「まだ科学的に明らかにされていない『オーラ』という言葉が出てきたことが印象的。オーラが反映できるオンラインツールが実現されたらコミュニケーションがどう変化するか、非常に関心がある」とコメントが寄せられました。

平田氏は、リアルとバーチャルの組み合わせが今後いっそう重要になるという見通しを示したうえで、介護施設でのアバターロボットの研究事例を例として、外出が難しい高齢者にとって家族以外の人とのコミュニケーションの可能性が広げられるという技術の可能性を紹介しました。

後継プログラムの紹介

本テーマプログラムはこの市民フォーラムをもって終了しますが、この3年間で積み上げてきた知見やネットワークをもとに、後継プログラムが立ち上がりました。引き続きオーガナイザーを務める直江清隆、山内保典、高浦康有ほか、新オーガナイザーが後継プログラムについて紹介し、閉会となりました。

→後継プログラム「デジタル×サステナブル社会のデザイン

「市民フォーラム」を振り返って

参加者から

・コミュニケーションにおける自己効力感をIoTで高めるということは、私自身も、メタバースで精神疾患やひきこもりの人たちの発言やスピーチの場を作ることで、ご本人の自己肯定感や症状の改善につながっていることを実感していましたので、非常に共感を持ってお話を伺いました。

・グループ討議まとめの時間が少なく、各紹介が消化不良で締まりがなく感じられたのが残念。まとめるための時間をもっと長く設定するか、討議内容の絞り込みが必要ではないか。

オーガナイザーから

本テーマプログラムは、近未来のIoT技術、特にテレコミュニケーションの理想的なあり方を考えることからスタートし、これまでに様々な関連するサブテーマ、例えば、AI技術などについて議論を重ねてきました。その過程で、「人の幸せとは何か」という根本的な問いに突き当たり、様々な立場や世代、価値観の違いなどを乗り越えて、人の幸せを担保する科学技術をどの様に進めていくべきかを議論することの困難さが改めて浮き彫りになりました。そのため、当初目標とした「人の幸せを大切にするIoT社会に向けての提言」を纏めるには至りませんでした。

このことの反省を踏まえ、広い年齢層に亘り、多様な立場・専門分野の人々が自由闊達に意見を交換し、相互理解を深めるための「場」の醸成が重要であるとの結論に至りました。これは容易に予想された結末であり、当初よりこのような場を提供することを心掛けてきましたが、物理的・時間的な場だけではなく、例えば、環境としての場、機会としての場などのように、「総体としての場」を創出することの重要性を、このテーマプログラムを通して再確認することが出来ました。

今回の市民フォーラムでは、今後のIoTやAI技術を通して目指すべき人の幸せとは何かをより広く市民の皆様に再度問うと共に、我々が標榜する「場」について紹介し議論して頂きました。コロナ渦の影響と急速に加速したバーチャル世界の台頭の中でダイナミックかつ急速に変容しつつある「人の幸せ」は深遠なテーマであり、これを近未来の科学技術の道標とするために、引き続き議論がなされることを願っています。

堀尾 喜彦(東北大学電気通信研究所 教授)



今回の市民フォーラムでは、プログラムの最後に相応しく、多様な参加者の間で活発な意見交換が行われました。

コロナ禍で急速にオンライン社会が浸透するなかで、私たちがこれからIoTやAIを通じてどのようなコミュニケーションをつくりだしていくかが、しだいに具体的な課題として見えてきたように思われました。

市民との共生、共創ということを耳にするようになりましたが、どのようにしてそれを創り出すか、これからさらに知恵を出し合い、経験を積み重ねていければと思います。

直江 清隆(東北大学大学院文学研究科 教授)

主催者から

市民との対話を重視してきた本プログラムで、最後にこのように実りの多い市民フォーラムを開催でき、本プログラムらしく活動を締めくくることができました。3年にわたり、関係者の皆様、市民として参加してくださった皆様、大変ありがとうございました。

陳怡靜・前田吉昭(東北大学研究推進・支援機構 知の創出センター)