2020年度知のフォーラムテーマプログラム
「人の幸せを大切にするIoT社会のデザイン」

第3回 市民カフェ

2021年12月19日
東北大学AIMRセミナー室及びオンライン(Zoom)

市民参加型ディスカッション

“コロナの時代に入り、IoTが私たちの生活に急速に浸透してきています。IoTは私たちや私たちの社会に幸せをもたらしてくれるのでしょうか。それとも私たちの自由を制限するようになるのでしょうか。私らしい生き方を実現するIoTとは何なのでしょうか。IoTと幸せについて様々に話し合っていきたいと思います。”

このような告知を事前に行って一般参加者を募集し、アカデミアと市民の対話イベント「市民カフェ」を開催しました。2020年12月20日に行った第1回市民カフェ、2021年2月23日に行った第2回市民カフェに続いて3回目です。

新型コロナ感染拡大のため、会場に集合するオンサイト参加とZoomを用いたオンライン参加のハイブリッド開催となり、東北大学関係者や一般の方、あわせて33人が参加しました。

こうした対話の会をこれまでにも数多く主催してきた「てつがくカフェ@せんだいfacebookはこちら)」のメンバー、安田義人(やすだ・よしひと)さんがファシリテーターを務め、東北大学の研究者・学生と市民の対話が始まりました。

 

イントロダクション

ディスカッションの方法—— 哲学対話とは

哲学対話について説明するファシリテーターの安田さん

この市民カフェは、「哲学対話」というスタイルで行われました。哲学対話とは、議論によって勝ち負けを競うディベートとは異なり、言葉によるキャッチボール(対話)を通じて「概念の洗練化」を目指すものです。

たとえば「幸せとはそもそも何だろうか」というテーマであれば、「カントはこう言っている」などではなく、参加者が自身の考えを話し、ひとの考えに耳を傾け、考えの根拠を問うことで、「幸せとは何か」について、対話に参加する前よりもくっきりした、あるいは精緻なイメージをもつことができれば、それを成果と考えます。

この日は「私らしい生き方を実現するIoTとは何か」をテーマとして対話をするために、まず、本プログラムから発足した「未来社会デザイン塾」の塾生が話題提供を行いました。


未来社会デザイン塾からの問いかけ

「IoTを駆使した未来予測機は人に幸せをもたらすか?」(発表:東北大学大学院工学研究科 博士課程後期1年 寺山隼矢)
身の周りのスマートデバイスや町中の様々なセンサーは多様な可能性を持つ一方で、監視社会のような怖さも孕んでいます。しかし実際のところ、人々は既にあらゆる活動履歴やCookieが残るインターネット上で活発に活動をしています。履歴が残り、見られるリスクのあるインターネットは普通に使うのに、身の周りのスマートデバイスやセンサーに対しては「怖さ」を感じる。その「怖さ」とは一体何なのでしょうか。

ディスカッション

対面会場とオンライン会場でそれぞれグループに

対面グループでは、インターネット及びスマート機器を使用する際の「怖さ」「不安」の有無に関する議論がなされました。「インターネットのログは残っても構わないけれど、スマートエアコンに生活習慣の情報を収集されるのには抵抗がある」とか、「勝手にIHコンロの温度調整をされるのは逆に怖い」などといった例が挙げられました。

対話を進めていくと、「怖さ」を感じる基準は参加者によってバラバラで、ジェネレーションギャップのようなものも見られました。ですが、世代にまたがる共通点として主に「知らぬ間に情報を収集されること」「収集された情報をどう使われるか分からないこと」「より良い提案と称して干渉してくること」が怖さを感じる要因となっているようでした。

逆に「管理元が信用できる」「使い慣れている」「仕組みや恩恵が分かる」場合には怖さや抵抗感が少ないという意見もありました。(対面グループまとめ執筆:未来社会デザイン塾 / 東北大学大学院文学研究科博士課程前期2年 崔 多蔚)

一方、オンライングループでは最初に、使い方や状況によっては危険な技術に対する信頼性についての議論が始まりました。例えば原子力は発電に用いられる一方、兵器への転用や事故等による危険性を持つが、このような問題はIoT技術にも当てはまるとの指摘から、モノづくりへと話題が移りました。

インターネットに繋がった冷蔵庫や空調等の家電器具によるデータの収集が、何を目的として行われているのかが不確かであることから、プライバシー保護への懸念が提示されました。集められたデータをどのように使用するかは人間次第であることから、人間への教育を通したアプローチの必要性も指摘されました。(オンライングループまとめ執筆:未来社会デザイン塾 / 東北大学文学研究科博士課程前期2年 高見 豪)

全体議論

全体討論では2つのグループがそれぞれの議論の概要を報告した後、対面とオンラインのハイブリッドで対話を行いました。

スマートデバイスを利用する側だけでなく、設計し、管理・運営する側からも、情報の扱いをより慎重にし、ユーザーが安心して利用できるようにする工夫が必要だという意見がありましたが、その一方で、ユーザー側が過大に「怖さ」を抱いている部分もあるので、ユーザー側にも技術の仕組みを知ってもらう必要があるという意見も出されました。

議論が進むなかで、ではそもそも我々は何に「怖さ」「不気味さ」を感じているのか、という問いが生まれ、そこからあらためて、「怖さ」「不気味さ」を深掘りしていきました。

主な例としてはAmazonのおすすめ機能が挙げられます。購入履歴を通じて、自分でも気づいていないような趣味嗜好を知り尽くされ、「最適」な提案をされる。まるで「あなたはこういう人です」ときめつけられるところに不気味さがあるのかもしれない。では「情報収集」そのものに不気味さがあるかと言うとそうでもなく、中には収集されても構わない情報もある、という指摘もありました。

すなわち「情報収集」に不気味さを感じるのではなく、収集の主体が「得体の知れない機械」であること、そしてそれに自分がどんな人間なのかを「勝手に判断される」ところに不気味さがあるのではないか、という仮説へと徐々に収束していきました。

その流れから、そもそも、「得体のしれない機械」に限らず、「良く知っている人間」から勝手に判断されることも怖いし不気味だ、という体験談が共有されました。こうした対話を通じて、次のような仮説が形作られていきました。

我々はそれぞれ自分の「セルフイメージ」を持っていて、機械であれ人間であれ、これを侵害されることに抵抗と不快感を覚えるのではないか。つまり、「怖さ」「不気味さ」の正体は、「一人称の特権」への干渉に対する感情ではないか、ということです。

体験や考えの共有を経て「問い」の共有へ

今回の市民カフェでは、対話を通じて参加者それぞれに違う「怖さ」「不気味さ」の多様な体験を共有できたことに意義があったと思います。

ここで得られた様々な問いやキーワードを持ち帰り、その問いから見出したものを再び共有し合うことこそ、「人を幸せにするIoT社会のデザイン」へ近づく一歩なのではないでしょうか。(全体議論まとめ執筆:崔 多蔚)

第3回市民カフェを振り返って

参加者から

・前回と比較して、オンライン組と現地参加組の垣根が低くなったように感じます。積極的に発言している参加者の存在が大きかったのかもしれません。来場している人たちを見ていると、連続して3回参加している方もいらして、常連の参加者が生まれつつある印象を受けました。私も、可能な限り今後も参加を続けていこうと考えています。(会場参加・学生)

・広くいろんな意見を聞きたかったのですが、全体として発言しにくい雰囲気がありました。参加者をIoTへの賛成派、反対派に分けて討議するなど、もっと掘り下げた意見を聞く工夫があるとよかったのではないでしょうか。(オンライン参加・一般)

・良い企画だと思いましたが、論点整理も直ちには困難ですし、少し時間不足の印象がありました。同じテーマで幾度か回数を重ねるとよいのかもしれないと思いました。(オンライン参加・研究者)

ファシリテーターから

ファシリテーターとして反省点を挙げると、「私的な私」と「公的な私」という議論は出ていたものの、対立軸をほかにももっと提示すれば対話の幅を広げることができたのではないかと思っています。

例えば、私自身は常に今の自分をイメージしてファシリテーションをしていましたが、青年期、中年期、老年期など様々な時間軸で「私らしさとIoT」について対話を喚起することができればなお良かったかもしれません。

ともあれ、参加者の年代が離れていたことで、幸いにして世代間の議論は行うことができましたし、IoT社会における危険性・違和感などを具体的な話題から感情面での不気味さなどを基軸としてIoT社会のWell-being(幸福)と私らしさについて貴重な対話ができたと思います。

安田義人(てつがくカフェ@せんだい)


主催者から

前回はオンライン参加者の方から「現地会場の声が聞き取り辛かった」とのフィードバックをいただいていました。そこで今回は、天井や床からの反響が抑えられた会場を選び、会場参加者の声を拾うマイクについては、より多人数対応の機種を導入しました。

そのほか、当日の進行の事前案内や現地会場での対話時における座席対面配置など、ご参加の皆様に対話に集中していただけるよう、運営側として改善を重ねています。

前回や前々回からご参加いただいている方々には市民カフェでの対話に慣れてきていらっしゃるご様子がうかがえ、うれしく思っています。一方で、今回のオンライン参加の方から「発言しにくい雰囲気があった」というご指摘もいただきました。今後も運営側として、市民参加型イベントにおけるプログラム設計や環境整備の工夫を続けてまいります。

陳怡靜・前田吉昭(東北大学研究推進・支援機構 知の創出センター)